市民教育としてのBridgeContest25

社会インフラから始まる問いのはじまり
毎年、授業でブリッジコンテストを行っています。生徒たちは木の棒と接着剤だけで橋を作り、どれだけの重さに耐えられるかを自分で評価していく活動です。これだ!というアイデアを形にして、ものづくりの楽しさを体験できます。しかしそれだけではありません。生徒たちの振り返りを読んでいると、そこで起きていたことはもっと深いものではないかということに気づきました。
「橋の構造や建物に使われているこの構造を完成させるために、今まで大量の人々が大量の時間を使って考えられて、改良に改良を重ねて進化していってるのは本当にすごいと思う。」
「色々試行錯誤しながら、一番重さに耐えられる構図を研究していき、私たちの生活に使われている橋ができているんだと知った」
これは大学で習うであろう構造力学の先行体験にもなるかもしれませんが、何より生徒たちは自分の手で作り、強度試験を通して強度とは何かを自身で評価する活動を通して社会インフラの存在に改めて向き合う瞬間だったのではないかということです。
例えば明石海峡大橋は、個人が儲けるために作られたものではありませんし、単に楽しむためのものづくりでもない。巨大な資本と確かな技術、そして市民の意思決定が重なり合って生まれた、唯一無二の社会インフラです。その橋は流通を変え、地域経済を動かし、明るい未来と維持管理のための税の負担のあり方にまで総合的に存在し影響をもっている私たちに欠かせない社会インフラです。橋模型を作る体験は、今ここに生きる市民として、社会インフラを「自分ごと」として感じる瞬間としてその稀有な機会を持っている教科活動、その一つがブリッジコンテストなのです。中学時代の「等身大のまなざし」こそが、専門家になるための準備ではなく、どんな職業に就いても、どんな場所に生きていても、社会のあり方に関心を持ち、自分なりの問いを立てられる市民としての土台になるのではないかと思いました。
ところで近年、技術科ではプログラミングやAI、情報リテラシーへの注目が高まっていて、新たな学びのきっかけをみつけることができます。
「現代のインフラはどうデータで管理・最適化されているか?」
「橋の劣化センサー、信号のAI制御、災害時の情報網のシステムは?」
AIや情報ネットワークもまた、橋や電力網と同じ「社会インフラ」ではないか、ということです。誰がAIを設計し、誰がその導入を決め、誰が恩恵を受け、誰がリスクを負うのか。プログラムはインフラを動かす「言語」であり、情報リテラシーとは単に「騙されない力」にとどまらず「社会の意思決定に参加できる力」でもあります。
ブリッジコンテストで「なぜ橋はこの形なのか」「なぜ壊れたのか」という問いを手掛かりにして、市民教育としての側面をも感じながら、技術教育の本質にアプローチしていきたいと思いました。(技術科 沼田 和也)
出前講座を実施「インフラの老朽化について」 ~同志社中学校、京都工学院高等学校~






