袋の畑

学びの起点としてのすぐきの育ち
立志館南側に、黒い土を詰めた袋がクラスごとに並んでいます。9月下旬、袋の口からすぐきがたくましく育ってきました。同志社中学校のすぐき畑として、袋栽培を実施しており、その背景には、技術の授業で「生物育成」という単元としてというのが一番目の理由です。本校のキャンパスには一般的な畑がなく、布袋に土を詰めて栽培しているのですが、この”袋の畑”は授業の中だけのものではなく、家庭科の和食の学び、授業外の学びプロジェクト(すぐき漬けプロジェクト)、そして地域へと広がっていく学びの起点として存在しています。その袋の畑を、学びの起点として生きた教材として展示しているのです。
袋の畑では、一般的な畑の栽培と同じように、育ちのよい株を残すための”間引き”も行います。どの株を残し、どの株を抜くかを生徒自身が決めます。袋は日当たりに合わせて動かすこともできます。植物を育てる技術とは、状況をみて判断しながら、植物が育つ環境を整えていく技術なのです。
すぐき菜は、京都市北区上賀茂に伝わる在来のカブの一種で、漬物にしたときの乳酸発酵による酸味から「すぐき(酸茎)」と名付けられました。すぐき漬けは千枚漬、しば漬けと並ぶ京都三大漬物の一つです。しかし近年、その生産量や消費量は減ってきており、この伝統的な食文化をどう受け継いでいくかが、地域の課題になっています。
味わう ”家庭科「和食文化」との教科横断の起点”
技術の授業は、家庭科で学ぶ和食文化とタイアップして進めています。冬に収穫したすぐきは、すぐき漬けを使った新しいメニューの開発へとつながります。味付けにこだわるか、調理法にこだわるか、見せ方にこだわるか。育てる技術と食べる文化が、つながります。
つなぐ ” 地域と社会へ向かう探究の起点”
この袋の畑は、授業外の学びプロジェクト(社会の課題に新しい仕組みで応える試み)につながっています。この栽培を始めるにあたって、上賀茂のすぐき農家である森田早映子さんにご指導をいただきました。また、最近では京都府漬物協同組合青年部会の村上亮平会長からもサポートいただき、「食育体験:伝統のぬか漬け教室」へとつながっています。地元の産業を担う人たちとのつながりが広がりつつあります。
歴史・文化的意味
すぐきは、土地と深く結びついてきた野菜です。発祥には諸説あり、安土桃山時代に上賀茂神社の社家が栽培を始めたという説や、御所から種をもらったという説などがあります。塩だけで漬ける「すぐき漬け」は江戸時代初期につくられるようになったといわれ、当初は社家のみでつくられ、御所へ献上される高級漬物でした。江戸時代後期には周辺の農家でもつくられるようになりましたが、村の外へ持ち出すことが禁じられたため、生産量は限られていました。現在も、北区上賀茂・大宮、左京区松ヶ崎の農家を中心に栽培が続いています。
漬け方にも土地の知恵が残っています。テコを使って重さをかける「天秤漬け」で本漬けをしたのち、約40℃に温めた「室(むろ)」に入れて乳酸発酵を促します。かつては、自然の気温にまかせて発酵させる「時候熟れ(じこうなれ)」という方法がとられていました。
食べられるものを育てること(食育)という考え方
学校の敷地で食べものを育て、料理し、食卓を囲むことを教育の中心に置く動きがあります。1995年、料理人のアリス・ウォータース氏が、アメリカ西海岸のカリフォルニア州バークレーにある公立中学校、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア中学校で始めた「エディブル・スクールヤード(食べられる校庭)」です。菜園と調理を、理科や社会などの教科の学びと結びつけるこの取り組みは、日本でも2014年から東京都多摩市の公立小学校で実践されるなど、広がりを見せています。
広い校庭がなくても、袋の畑は、その考え方に通じる小さな”Edible Schoolyard”です。長いあいだ特定の土地に守られてきた野菜を、土地を持たない学校で、土を用意するところから育てる。袋の畑のすぐきは、上賀茂のすぐきと何が同じで、何が違うのか。それもまた、生徒が向き合う問いの一つです。
袋の畑は、毎日少しず育っていきます。今日の双葉は、来週には本葉になり、冬には収穫を迎えます。完成品ではなく、育っていく途中を見せられること。それが、生きた教材を展示する価値です。この袋の中の小さな畑が、技術と家庭科を、授業と地域を、そして生徒と京都の食文化をつなぐ起点になることを願っています。
参考文献
・京都府「すぐき菜(すぐき)」京都府ホームページ(京都乙訓農業改良普及センター). https://www.pref.kyoto.jp/kyotootokuni-f/1228962211981.html
・農林水産省「すぐき漬け 京都府」『うちの郷土料理』. https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/sugukizuke_kyoto.html
・京都市「すぐき菜」京都市ホームページ(産業観光局). https://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000029286.html
・The Edible Schoolyard Project, “About Us” / “Berkeley.” https://edibleschoolyard.org/about-us






