トレードオフと最適化

ハイブリッド竹とんぼという手のひらの中の「最適化」
技術科のいちばん大事な見方や考え方として「トレードオフ」「最適化」というキーワードが最近、技術教育の現場でよく耳にするようになっています。どこか最先端のIT企業や、経営の会議室から借りてきたような響きを感じます。3Dプリンターや生成AIを引き合いに出さなければ教えられない、または高度な生産現場や研究施設でないと体験できないことではないかと身構えてしまう方は多いのではないでしょうか。ところが、この二つの言葉を子どもが手と頭で体感するのにこれ以上ない教材があると思っています。おじいちゃんに作り方を教えてもらって遊んだあの竹とんぼです。
竹とんぼはまさにトレードオフと最適化
竹とんぼをよく飛ばす一番のコツは、羽根を極限まで薄く、軽く削ることです。軽ければ高く上がり、長く滞空します。ところが、軽くしすぎると今度は回転する力が弱まってすぐに失速し、薄すぎる羽根は壁にぶつかっただけで折れてしまう。では丈夫にしようと厚く残せば、今度は重くて飛ばないものになってしまう。
「軽くて、しかも丈夫」という、矛盾するこの二つの要素を高い次元で折り合いをつけなくてはならない典型的なトレードオフのたまものです。そこで考えられるのが、揚力が弱い中心付近の羽をカットして羽根全体をするというやり方です。飛ぶために必要な外側の羽の部分んは残したまま、無駄な重さだけが消える。まさによくあるプロペラの形に近づいていきます。技術の進歩やイノベーションの背景には、まさにこのような苦労が隠れていると思います。
なぜ「ハイブリッド竹とんぼ」なのか
伝統的な竹削りの竹とんぼには限られた時間内という制限がかかる教材としての弱点があります。それは、試行錯誤がしにくいことです。竹の削り出しは美しく、自然素材の手ざわりも格別ですが、一本仕上げるのに時間がかかります。しかも一度削ってしまえば、仰角(羽根のひねり角度)も形も、もう変えられません。授業時間の中では、せいぜい一本作って終わり。これでは「もしこうしたら?」を試す回数が足りません。最適化を体験するには、仮説・試作・実行・修正・検査という繰り返しが必要です。そこで提案したいのが「ハイブリッド竹とんぼ」です。作り方はいたってシンプルで、軸と羽根の芯になる部分は竹であり、ブレード(羽根)は紙を木工用ボンドで貼り付けるという簡単なものなのです。竹の芯が骨格を担うので、ある程度の強度は保たれます。一方、空気を受けるブレードが紙でできているので仰角をその場ですぐ調整できる(紙を少しひねるだけ)し、ブレードの形状をハサミで切って何通りも試せるのです。また、羽根と軸のバランスポイント(重心)も、思いついたアイデアを待たずにすぐ試すことができる。生徒は一時間の授業で、何度も飛ばし、何度も切り直し、自分の目標に向かって機体を「最適化」していく経験ができます。
実際、ある竹とんぼの授業を受けた生徒は「自分でどうしたらよく飛ぶかを考えるのが面白かった」という言葉を残しています。正解を教わるのではなく、正解を自分で探す手応えこそが、この教材の心臓部です。
技術の見方・考え方
現行の学習指導要領でも、技術を捉えるときには「社会からの要求・安全性・環境負荷・経済性」に着目して技術を最適化することが言われています。安全性を高めればコストは上がり、性能を追えば環境負荷が増えることもあるということでしょう。どちらかを立てれば、もう一方の別の何かが倒れる。だからこそどれか一つを最大にするのではなく、状況に応じていちばん良いバランス点を探すということがものづくりの現場では必要になってきます。まさにこの考え「相反するものをどう折り合わせるか」を学ぶ教科だと教えてくれていると思います。
教材そのものが最適化の産物である
もう一つ、ハイブリッド竹とんぼには見逃せない仕掛けがあります。実はこの教材自体が、トレードオフを乗り越えた折り合い(止揚)の産物だということです。
紙は、軽くて加工はたやすいが、弱い。竹は、丈夫だが加工に手間がかかる。どちらか一方だけでは、「作りやすくて、しかもしっかり飛ぶ」教材にはなりません。ところが、骨格は竹に、空力面は紙にと、それぞれの素材を得意な役割に振り分けることで、両方の長所を同時に活かせるのではないでしょうか。これは折衷というよりは、素材の特性を生かした役割分担であり、問題解決そのものであると思うのです。最適化を学ぶための材料の中に、最適化の答えが一つ、最初から埋め込まれている。生徒がそれに気づいたとき、学びはぐっと深くなります。
竹とんぼには、唯一絶対の正解がありません。「高く打ち上げたい」のか、「長く空中に滞空させたい」のか、「ブーメランのように手元へ戻したい」のか、ゴールが変われば、最適なバランス点も変わります。2本目を製作する際には、「自分は何を一番大事にするか」を決め(評価軸の設定)、相反する条件を天秤にかけ(トレードオフの自覚)、自分なりの落としどころを見つける(最適化)ことが必要になるのです。
これは、橋を設計する技術者も、AIを開発する研究者も、まったく同じよう考えているのではないでしょうか。扱う対象が竹とんぼか巨大構造物かが違うだけで、考えは同じです。文科省が「正負の両面を多角的に捉え、技術を最適にする」と言うとき、本当に育てたいのはこの思考ではないでしょうか。そう考えると、竹とんぼは決して古くさいおもちゃではなく、むしろ、最先端のキーワードを最も素直に、最も安価に、最も楽しく体験させてくれる教材だと思います。手のひらに乗る小さな機体の中に、これからの技術科が育てたい「見方・考え方」が、まるごと詰まっている。夏休みの自由研究で、ぜひこれまでにない竹とんぼの開発に挑んでくれる生徒が現れないか、楽しみにしています。(技術科 沼田 和也)





