全ての椅子が違うプロダクト・デザインのモデルルーム

座って確かめる「理」と「感性」
教室に足を踏み入れて、まず気づくことがあります。並んでいる椅子が、一脚として同じものがないのです。木の色も、背もたれのかたちも、座面の高さもばらばら。今日はどれに座ろうか——その選択から一日が始まる教室があります。
ここは技術科と美術科がともに使う共用教室です。理をつけて設計する技術科と、感性から表現に向かう美術科。この二つの教科が、椅子という一つのモノを入り口にして融合する教室です。置かれているのは、デザイナーが人間工学(からだの心地よさを科学する学問)と思想を込めて設計した、実在する椅子たち。教科書の写真ではなく、実物に座って確かめられる「モデルルーム」としての教室となっています。
椅子を「座って」知る
書籍や教科書で見る椅子は、フォルムや年代、デザイナーの名前といった「知識」として記憶に残ります。けれど、座面の張りや木の温度、背中を預けたときのしなり——身体で受け取る情報は、写真からは伝わってきません。この教室では、見て知るのではなく、触れて感じる、いわばデザインを身体で理解する場所です。
椅子を「測って」設計する
椅子は、目的によって最適なかたちが変わります。集中して勉強するための椅子は背もたれを立て、くつろぐための椅子は背もたれを寝かせる。座面の高さも、使う人の体格や用途に合わせて設計します。技術科では、こうした人間工学の考え方をもとに、使い手のことを考えながら木の椅子をデザインし、製作します。座り比べて得た身体の記憶が、設計の勘所を育てます。
椅子を「削って」かたちにする
一枚の板から切り出す無垢材、薄い板を曲げて重ねる合板材。素材によって、活かせる強さもかたちも異なります。技術科の木材加工は、その特性を見極めながら、自分の手でカタチにしていく作業があります。椅子づくりは、いわば小さな建築でもあります。人の体を支え、空間の一部になる——座れる建築と呼んでも、大げさではないかもしれません。
デザインは、受け継がれ、つくり直される
椅子のデザインには、過去のかたちを受け継ぎ、新しく組み直す「リ・デザイン」の歴史があります。デンマークのハンス・J・ウェグナーは、明王朝(1368〜1644年)時代の中国の椅子に着想を得て、代表作Yチェアを生み出しました。同じくボーエ・モーエンセンは、旅先のスペインで出会った伝統的な椅子を、装飾を削ぎ落として「スパニッシュチェア」へと昇華させました。他文化の椅子をそのまま写すのではなく、その本質を読み取り、自分の思想で作り直す。リ・デザインとは、デザインを継承する創造の営みなのです。
今日は、どの椅子に座りますか?
座面に腰を下ろし、背中を預けたとき、からだは何かを教えてくれるはずです。椅子は、ともに時間を過ごすパートナーのような家具です。あなたにとっての「心地よさ」とは、いったい何でしょうか。この教室で、座りながらデザインを感じてください。(技術科 沼田 和也)
参考文献
・坂本茂・西川栄明『Yチェアの秘密』誠文堂新光社、2016年〈該当ページを要確認〉
・万寿実家具「デンマーク家具を巡る旅10『スパニッシュチェアの話』」https://masumi-kagu.com/featuredetail?wgds=feature-392&wgdo=sort-DESC
(2026/7/30閲覧)






