「気づきnote」のちから

学ぶことと生きることがつながるとき
数学のトリックアートの学びプロジェクトに参加した1年生が、こんな気づきnoteを書いてきました。
サッカーの試合で、コートの脇に置いてある広告が立体に見えることがあります。しかし「あれはどうしてなのか?」と疑問に思っていたようです。学びプロジェクトで、遠くのものは小さく見えるから、遠い側を大きく描いておけばいいと教えてもらったそうです。
「二つの同じ図形の端と端を合わせると下が大きくなるという話は、小学校の時からずっっっと『どうなってんねやろ』と思っていて(中略)ずっっっと気になっていたことがわかって、すごくスッキリしました」
「最後に自分で作るハシゴのトリックアートは、ちょっと失敗してしまったので、できるまでやり直したいと思います」(1年)
小学生のころから抱えていた「なんで?」が、ひとつほどけたようです。「ずっっっと」の小さい「っ」の数を見て、読みながら少し笑ってしまいました。
学びプロジェクトに参加した生徒は、終わったあとに「気づきnote」を書きます。Googleフォームに、感想や気づいたことを入れるだけのものです。年度末には、一年分をまとめて本人に渡しています。このnoteは、成績の点数にはなりません。書いたからといって、先生や親に褒められるわけでもありません。「面白かったです」のひとことで終わってもいいことにしています。それでも、ときどきA4一枚分、1500字を超える文章を書いてくる生徒がいます。おそらく30分以上、もしくはもっと時間をかけていることは想像に難くありません。最初に読んだとき、私は驚きました。何のためにこんなに書くんだろう、と思ったのです。
いくつか考えてみました。学べたことがうれしくて、そのまま残しておきたかったのかもしれません。もやもやしたままのことを、とりあえず書きとめておきたかったのかもしれない。書いているうちに、前に聞いた別の話とつながって、止まらなくなったのかもしれない。おそらく、いくつかが混ざっているのだと思います。
自分の中学時代を思い出すと、私にはとてもできなかったことです。誰にも求められていないのに、自分の考えを文字にして、30分かそれ以上時間を作文に時間を使う。それができる生徒を、私は本当にすごいと思いますし、尊敬しています。
今日、生徒たちの前で、この気づきnoteの話をしました。
話の中で、何人かの卒業生を紹介しました。カリフォルニア大学バークレー校に進んだ森下さんと沢さん。ロンドン大学の白須さん。慶應義塾大学を経てロンドン芸術大学に進んだ平野さん。ニュージーランドのQueen Margaret Collegeで学んだ佐伯さん。彼らに共通していたのは、中学時代に学びプロジェクトにたくさん参加し、気づきnoteにたくさん書き残していたことです。もちろん、気づきnoteを書けば海外の大学に行ける、という話ではありません。しかしそういうところで活躍されている卒業生の方たちは、振り返ってみればみんな自身の学びをたくさんメモして残していたということです。
沢さんは、出願のエッセイを書いたときのことを話してくれました。
「学びプロジェクトの気づきnoteで記録もたくさん残っていた。だからエッセイも、矛盾なく書けたんです」
私はこれを、わざとらしいことをしなくてよかった、という意味だと受けとりました。同じくバークレーの大学院で研究されている森下さんも、「合格のために勉強するのでも、人に見せるために書くのでもない」と言っていました。振り返ったら、そこに学びが積み上がっていたのだそうです。
もちろん進学や就職・資格などための勉強というのも悪くありません。自分を振り返ればほとんどがそうでした。しかし目の前にいる生徒の皆さんは、そういう外発的な動機ではなく、学ぶことと生きることがつながっている内側から湧き出る何かをもっておられるということなのだろうと思いました。ぜひ日頃から、気づきをメモしていただいて、自分自身の学びの履歴を豊かに重ねていってほしいと願っています。(技術科 沼田 和也)




