手で感じるデザイン

すべてに理由がある
机上に並んだ多様なドライバーを前に、生徒たちは直感的な言葉で反応する。しかし、実際に手に取り、ねじを回し始めた瞬間、その言葉は静かに変質していく。
「なんかしっくりくる」
「あ、まわしやすい!」
「せやろ!うちは、その形すきやねん」
これは、ドライバーのグリップのデザインを考える1コマの授業でのつぶやきです。
各自のデザインを考える前に、実際に様々なドライバーを握って、ねじを回してみる体験をします。トルクを加えないと木ねじは回りませんから、見た目もさることながら機能性を人間工学の観点からつかんでいく授業です。まさに、見た目の評価から機能の評価への移る瞬間です。
木ねじを回す体験から、デザインとは別に生まれてくる問いがあります。それは、
”ドライバーは「回す道具」なのか?”
です。木ねじは回りながら木材のなかにねじ込まれていきますから確かに回っていますが、使い手の側から感じるとそれは、回すのではなく”押し付ける”という表現が当たっているかもしれません。「7 : 3=押す力:回す力」という感覚なのです。
強く押し付けなければ先端はねじに食い込まず、力は空転します。つまりドライバーとは、「回す」以前に「押しつける」ことでねじ回しが成立する道具なのです。この気づきは、生徒の中にあるグリップのデザインに大きく影響を与えます。グリップの太さや形状、素材の違いが、どのように力の伝達や滑りやすさに影響するのかが、手の感触として伝わってくるのです。丸いもの、六角形に近いもの、柔らかい樹脂、硬い金属。それらはすべて偶然ではなく、使用状況や人間の手の特性に応じて設計されてきた結果なのです。
ここで初めて、生徒は「デザインにはすべて理由があり、デザインするとはことわりをつけること」なのだと再定義することになります。
授業の特徴は、「好きなものを作る」ことを大切にしつつも、むしろ既に社会に存在する製品の比較を通して、使ってみて、その違和感や心地よさも含めて丸ごと設計思想を読み解くにあります。言ってみれば”道具との出会い直し”ともいえるのです。
今後、生徒たちは旋盤という加工機械の特性を学びながら、ドライバーのグリップを削りだしていきます。半年後、どのような作品が生み出されるのかとても楽しみです。(技術科 沼田 和也)





