肩書きのないリーダーシップ

- 生徒大会に見るこれからを生きる力-
「ここに並んだらいいよ」
生徒大会の会場で、そんな声が自然に飛び交っていました。登壇する予定の子たちが上手(かみて)に控えて準備するという場面です。声をかけたのは、役職に就いた生徒ではありません。誰に言われるでもなく状況を読み、必要な声かけを自然に行います。本校の生徒会活動では、そんな光景が当たり前のようにあります。
人材育成の分野でよく読まれてきた一冊に、伊賀泰代さんの『採用基準』があります。世界的なコンサルティング会社で採用を担ってきた著者が、本当に必要なのは地頭の良さでも論理的思考力でもなく、リーダーシップだと説いた本です。そこで語られるリーダーシップは、私たちが思い浮かべがちなものとは少し違います。一部の選ばれた人が発揮する特別な才能ではなく、その場にいる全員が担うべきものということでした。社会に足りないのは優秀な個人ではないと言います。皆が当事者として動こうとする「リーダーシップの総量」であり、それは生まれつきというよりは訓練のなかで身についていくものだとされています。
この日、生徒会長や副会長といった役職に就いた生徒は、その責任を立派に果たしていました。しかし、行事を支えているのは彼らだけではありません。冒頭の「ここに並んだらいいよ」のように、肩書きのない生徒が状況を読んで仲間に声をかけていたことが強く印象に残っています。生徒たちは知らず知らずのうちに、リーダーの仕事そのものを分け合っています。高い次元の目標が共有されているからこそ、まず自分が動き、その場で決め、仲間に伝えることができるのだと思いました。本来はリーダーひとりに求められるような役割を、その場の全員が少しずつ引き受けていたのです。これこそ『採用基準』が「総量」と呼んだものであり、目に見える姿だと思った次第です。
生徒部の教員と一緒にやるとはいえ、生徒会費用の立案まで生徒が担うとなると、責任の手ざわりは一段とリアルになります。うまくいかないこともあるでしょう。しかし、その失敗も含めて自分事として引き受ける経験は、テキストだけで得られるものではありません。学校生活を自ら運営していく感覚を、身体をくぐらせながら獲得していく場、それが生徒大会ではないかと思いました。
よくある「先生の言うことをよく聞く生徒会」とは違う生徒会。これは、本校が大切にしてきた自治自立の精神と地続きになっているものです。創立者・新島襄は、自らの良心に従って判断し、行動できる人を育てることを願いました。指示を待つのではなく、自分で考えて動く。生徒会活動のなかで生徒たちが身につけているものは、まさにその系譜の上にあるのだと思います。
近年、社会では「リーダーシップが足りない」としばしば言われます。けれど本校で育まれているものは、特別な誰かを待つ姿勢ではなく、その場にいる全員が一歩を踏み出す文化です。これからの社会を生きていくうえで本当に必要な力を、生徒たちは行事の運営という実践のなかで、自身を育てているのだと思っています。(教頭 沼田 和也)





