自分で選ぶ言葉に本質がある

「学びのReflection」で育つ問いのちから
同志社中学校では期末確認テストの最終日に「学びのReflection」という時間があります。生徒一人ひとりに自身の学びを振り返り、気づきを書いてもらっています。ここで大切にしているのは、単なる知識のチェックではありません。日頃の各授業でのレポート、プレゼンテーション、探究活動なども含め、これまでの自身の学びの足跡を自分自身でふりかえるのです。その際、私たちが特に大切にしていることがあります。それは、生徒自身の言葉で振り返りを綴ることです。ごまんとあるなかから選び取った言葉にはその人の価値観も同時に開示されていて、探究していくときに原動力となる問いの萌芽があると思うからです。生徒の作文の中からいくつかを引用すると、
・「AIの進歩によって情報は得られるようになっている。しかし、その情報をどう使うかが大事だと思う。」
・「友達と協力して一つのものを作り上げることが大切だと思った。」
・「近年はテストなどで測る総合的に学力だけでなく組織でのリーダーシップ社会でのグローバル性などが求められる」(Iさん)
・「新しくアイデアを生み出す、考えるためにはまずそのことについての最低限の知識が必要だと私は思います。なので私はSNSなど様々な情報ツールや図書館などの公共施設を利用して情報を集められる力をつけようと考えました。どんな人でも今、情報を世界に発信できる中でそこから真実を見つけ出すこと、自分の求めている情報を探し出すことなど情報収集にも様々な必要要素があると技術の授業で学びました。なので正しく理解するためにも日頃からニュースなどを見て情報に触れ、コツを掴んでいこうと思います。」(Nさん)
・「なぜ、新しい人やものと出会い、他者と助け合いながら自分らしさを発揮する力が学校、ビジネスを問わず注目されているかというと、現代では機械化が進んでいるからです。このごろ、機械は決められた仕事をできるようになりました。そのため、自分で考え行動できる力、個性が必要になっていると思いました。」(Oさん)
・「英語Cの発表で緊張のあまり、言葉をかみすぎ、失敗したこと。人前に立つのが落ちつてプレゼンできる時と、できないときに分かれるので、人前で何かをすることに慣れる必要があると感じた。その時もちゃんと冷静に物事を判断して行く必要があると痛感した。活かし先は、人前で何かをする時など。」(Oさん)
などがあります。これらの簡単な表現の中にも、ご自身の経験のなかで自分なりに意味を見いだし、言葉として表したことがはいっています。近年では、絵を選んだり簡単な質問に答えたりすることで処理の特性を診断するAIサービスなども登場しています。もちろん、そこから占われる診断にもそれらにも意義があります。しかし、教育の現場で私たちが大切にしたいのは、やはり自分の言葉で考えを書き記すことではないかと考えています。言葉にするという行為は、単なる記録ではなく、自分の経験を整理しながら自身の意味づけを行い、次の問いへとつなげていく思考のプロセスが含まれていると思うからです。深く考える力や問いを持ち続ける力にまで発展させていくためのきっかけがこの学びのReflectionの中にあると思うからです。
こうした学びの姿は、日本の教育史において注目されてきた「生活綴り方教育」にもどこか通じるものがあるように思います。生活綴り方教育とは、子どもたちが自分の生活や経験を文章として綴ることを大切にしてきた教育実践です。1920年代から広がった北方性教育運動でも、生活の実感や気づきを言葉にすることが重視されました。日々の経験を言葉として表現しながら、自分自身の生活や社会を理解していくという教育観があったからだと思うのです。
「学びのReflection」もまた、そうした学びの姿勢とどこか響き合うものがあると思います。与えられた言葉を書くのではなく、自分の経験の中から言葉を選び取りながら言葉を綴ります。その綴り方には、まだ形になりきっていない問いや、これから深められていく思考の芽が静かに息づいています。生徒たちが綴る短い文章の中にこそ、まだ形になりきっていない問いの芽が宿っています。教師にとって生徒みなさんの振り返りを読む時間は、みなさんの成長の軌跡を感じるとともに、未来へ向かう萌芽を見つける時間でもあり、ワクワクする時間となっています。これからも生徒のみなさんが、自分の言葉で学びを語ることを大切にしながら、問い続ける学びを支えていきたいと考えています。(技術科 沼田 和也)



