もしも序論がなかったら、、、
「じゃんけんは、なぜグー・チョキ・パーの三種類なのか」
いきなりインドネシア式じゃんけんから始まる授業。わくわくの国語の授業の始まりです。初めてのインドネシア式でもさすが生徒の皆さん、すごい適応力ですぐに反応されます。
【インドネシア式のじゃんけん】掛け声と意味(https://angklung.jp/column/janken_indonesia)
日本では、グー(石)・チョキ(ハサミ)・パー(紙)ですが、インドネシアでは、象・人・蟻だそうです。しかしながら、どうして3つなのでしょうか?4つではだめなのでしょうか?疑問が湧いてきます。
村上先生が選んだ題材「じゃんけんは、なぜグー・チョキ・パーの三種類なのか」は、『多数決とジャンケン』で有名な加藤良平氏の書き下ろし。まさに、なぜ3つなのかを論理的に説明された文章です。村上先生の授業では、いつもユニークな授業導入から始まり、気が付くと教材の世界にはまってしまいます。
さらに村上先生は、問いをだします。なんと序論なき解説文のプリントが生徒の皆さんに配られ、「この文章は何を書いている?」という質問に、生徒の皆さんなかなか苦戦します。生徒同士の発言が絡み合いながら、序論なき解説文の背景を探り当てていきます。振り返ってみれば、序論がないということがいかにわかりにくいか、言い換えれば、序論がいかにありがたいか、つまり「序論が持つ役割」にアプローチしていくことになります。
ここでようやく本題の題材「じゃんけんは、なぜグー・チョキ・パーの三種類なのか」(加藤良平)に入りますが、生徒のみなさんすでに学びのアイドリングは出来上がっていて、授業の本題に向かっていきます。村上先生は、「この授業のねらいは、内容理解と論理の構造へアプローチすることなんです」とのこと。文章の論理的な構造を俯瞰できることは、他者理解の第一歩であり、やがては広い視座からの深い共感をも可能にするものだと思いました。そして、また村上先生の授業で感じたもう一つのことは、授業の導入の質が、授業の本題の良し悪しと決めるということでした。中学での国語の授業、楽しみにしていてください。(沼田)