あったらいいなをかなえる道具
先達の英知に学び、問題解決の引き出しをひろげる
道具には先達の英知が詰まっている。本格的なものづくりのための専用の道具だけでなく、私たちの身の回りには道具があふれている。掃除機メーカのダイソンのワークショックを経て、教えてもらったことは「困ったこと」を見つけることであり、「何が問題なのか」を見つけることが難しいということだった。問題を見つけること、より上質な問いへ接続することの重要性は、今の教育界でも注目されていることだ。
ものづくりの授業では、「あったらいいな」をてこにして道具との出会い直しをする。木工や金工だけではない。電気工作の道具についても、おどろくほどすごい知恵や問題解決のノウハウが詰まっているのだ。結線する作業者としての立場だけでなく、安全な製品供給に責任を持っている人の立場や、その消費者の立場にも立ちながら、道具の設計過程を想像し、その知恵と工夫に気づくことによって、より深い道具の理解が可能になるのだ。
「知らない世界に放りこまれたような気分」
と生徒たちはよく発言するが、それはその良い例ではないだろうか。やがて身近なものに対する見方が肥え、ネジの形状のような小さなことなど、今まで目にも止めなかった工夫に気づけるようになるのだ。ある生徒は次のように述べる。
「この授業でものがどのようにつくられているのか詳しく知ることができて良かったです。新しく知ったことは『もの』はもろくて壊れやすいということです。自分でつくったテーブルタップの耐用年数は5年だと言うことを知り、残念でした。だからこそ実際に売られているテーブルタップを含めた『もの』は相当悩んだ末に作ったものだろうな、すごいなと思いました。」
立場を変えて洞察した道具の知恵と工夫、確かな実習作業、現実社会の生産現場を下地にして「あったらいいな」を考案した生徒たちの「次世代のテーブルタップ」には、一味違う深さがあるといってもいいのではないだろうか。ある意味で生徒たちは、身近な製品であったテーブルタップとの出会い直しを通して、考え直した技術の在り方、未来の生活へ一歩を描けた瞬間であったのかもしれない。
よくものづくりを抜きにした問題解決のワークショップやビジネスコンテストがあるが、モノコトイノベーションのようにものづくりを思考のそばにおきアイデアを紡ぎ合わせるコンテストこそが本物なのだろう。
新しいアイデアで未来を描こうとするとき、生徒達の多くは自由な視点から考えることが多い。しかし現実のモノに落とし込むにはそれだけでは不十分で、先人の知恵や工夫に学び、実体験をとおしてロジカルに理をつけていく必要がある。そういった製品の設計を力強くサポートするのは、実感を通して身につけた感覚、先人の知恵や工夫への深い洞察ではないかと思う。その学びの中心に据えると良いものが叡智の結晶とも言える「道具」であり、その道具との豊かな出会いを作ることができるのが、ものづくりとともにおこなう教育活動であったり授業なのだと思う。子どもたちの「あったらいいな」という思いを応援する教室がますます重要になってくると思います。(沼田)
本校のものづくりの授業を紹介した本を技術科の先生たちと一緒に出版しました。もし興味があればお読みください。
*『ものづくりの魅力 中学生が育つ技術の学び』
http://www.ichigeisha.co.jp/database/profile.cgi?_v=1511858917&tpl=shoseki