日韓交流を振り返る
気づきや感想を振り返り交流
対面の日韓交流が終わって1週間がたちました。慶煕中学の生徒も同志社中学の生徒も交流の学びを振り返り、感想文を交流していきます。
慶煕中学では、同志社中学との国際交流に40名の生徒が応募し、日本語の特別放課後授業(同中学びプロジェクトのような)や日本文化の調べ学習の発表会を経て、10名の学生が選ばれて本校にやってこられました。4日のうち、3日間を同志社中学で交流し、最終日の昼はUSJに行かれて夕方の飛行機でソウルに戻られる旅程でした。
慶煕中学の最初の2名の方の感想を紹介します。
「夏に日本の子供たちが韓国に来たとき、国際交流がとても楽しそうで、海外の友達を作ることができるのがとても良さそうでした。 それでこの冬に応募することになりました。 最初は競争率が高すぎて、できるとは思っていませんでした。 でも、できる限りの努力はしたいと思いました。 その努力と切実さが通じたのか、国際交流に行くことができました。私を信じて選んでくださった先生方、本当にありがとうございました。この国際交流は私の人生で忘れられない思い出を作ってくれました。海外の友達を作ることができたことは、私にとってもとても良い経験だったと思います。 国際交流当初は言語の壁で親しくなるのが難しかったのですが、2日目からは言語の壁が無意味になるほど親しくなったように思います。 慶煕&同志社国際交流で出会った友達は、みんな一生友達になりたいと思うほど良い友達でした。私は多くの人の前では言葉もあまり話さず、無表情で近づくのが難しいと思うのですが、彼らが先に近づいてくれて本当にありがとうございました。 そして、日本語が苦手な私に韓国語で話しかけてくれた2人の日本人の友達に本当にありがとうございました。そして、私に飲み物や金閣寺でアイスクリームを買ってくれた友達と、祇園通りでタンフルを買ってくれた2人の友達にも感謝します。日本語も話せないし、言葉もない私に日本人の友達ができて本当に良かったです。 そして、最後の日に国際交流を一緒にした慶煕中学の兄や友達とユニバーサルに行って良かったです。 ユニバーサルで遊んだ時、日本人の友達と一緒にまた来たいと一番思いました。次に日本に行くときは、必ず日本人の友達と一緒に来たいと思います。ユニバーサルで遊んだ後、空港で日本人の友達2人が来てくれました。 私とはあまり親しくない友達でしたが、それでも来てくれてありがとうございました。 彼らがプレゼントとして金閣寺の石をくれた時、本当にありがとうございました、 確かに日本の空港まで気分がただただ悲しいというわけではありませんでしたが、その日の夜からとても私もまた行きたいと思うようになり、もう二度と会えないと思うと何だかとても心が痛くなりました。 こんなに中学校に来て心が痛くなったのは初めてだと思います!2024年度も国際交流を2つともするのは難しいと思いますが、それでも機会さえあれば全部申し込んだと思います。 この国際交流を作り上げてくださって、気にかけてくださったすべての方に感謝します。この国際交流が一生続くことを願っています。(ウィ・ヒョン)」
「選考者の発表を待っていたこと、日本語の授業を受けたこと、発表の準備をしていたこと、すべてが昨日のことのように思えますが、あっという間に日本での日程がすべて終了しました。
まず、冬に必ず日本に来ると言っていた私と、友達との約束を守ることができたのが嬉しかったです。日本での最初の日、歓迎とぎこちなさが共存していた空間で、お互いに顔を合わせてぎこちなく話し始めた時間が、ついさっきのことのように鮮明ですが、今は確信が持てず、また会えることを切望しなければならない時間がやってきました。日本の友達と一緒だったからこそ、日本での時間がより一層貴重で楽しかったし、お金では買えない思い出をプレゼントしてくれた友達と両親に感謝の気持ちでいっぱいです。友達、両親、先生方に本当にお世話になりました。
友達の韓国語もかなり上達し、私たちの日本語もかなり上達し、夏よりも会話をするのが楽になったように思います。
見知らぬ現地で自分で道を探して移動するというのは本当に簡単なことではありませんでしたが、もちろん大変でしたが、夏から続くこのような経験がこれからの生活に大きく役立つと思い、道を探すことに自信もついてきました。完璧ではなかったけれど、初めての場所でそれなりにうまくできたと思うので満足です(^^)。
夏に友達に何もしてあげたことがないのに、今回たくさんのプレゼントをもらったので、とてもありがたくて申し訳なかったです。後でまた会ったら、もっと良くしてあげないと…。
私のパートナーだったハンナは月曜日に予定があり、学校を出るときに最後まで一緒にいられなかったのがとても残念だった。 涙を流している姿がとても悲しかった。学校で最後まで見送りに来てくれた友達みんなに感謝し、空港まで遠い足を運んでくれたマオとトワコも本当にありがとう。日本での4日間、友達と一緒に過ごした3日間、本当に短い時間でしたが、とても仲良くなったので、別れの痛みや寂しさが大きすぎました。別れるまで何度も涙が出そうになるのを必死にこらえました。今回は別れることになりましたが、私たちの関係がここで終わるのではなく、これから始まるという考えで、これからも連絡を取り合い、後で機会があれば、いや、機会がなくても必ずまた会いに行きたいと思います。 時間と空間の制約のためにずっと一緒にいられないことが本当に残念で悲しいですが、このような制約のおかげで(?)、さらに親密で強固な関係になることができたような気がします。
今後、慶煕高校と同志社高校の国際交流もぜひ推進され、また一緒にできることを願っています。このような韓日両校の交流が、ひょっとしたら将来的には両国間の和合につながるかもしれないと思いました。」(チェ・ソンフン)
以下は同志社中学の学生の振り返りです。最初に投稿してくださった2人で、日曜の京都ツアーに参加されました。
「私はこの国際交流を通して、互いの文化や価値観は違うし、互いの言語を話せなくても表情やジェスチャーで伝えられることができるとわかりました。また、私は韓国がすごく好きなので、いつか行けるように韓国語をもっと勉強しておきたいと思いました。またみんなに会いたいです!!다시 모두 만나고 싶습니다! !」(奥村)
「私は今回の日韓交流では、ホームステイ先としてではなく京都ツアーだけ参加しました。最初はどのような人がいてどんな名前なのかも全くわからなくて、「うまく話せるかな」と緊張していましたが、韓国の先生が声をかけてくれてとても楽しみになりました。自己紹介をしたり、どんな本を読んだりするのか話したり、同志社の子でもあまり知らなかった子と話したりしているうちに段々みんなと親しくなり、お昼にはゲームをしたりしました。話す中でも、みんな同じ人間なのだと国を超えたものを感じました。翻訳機を使った会話が多い中で英語で話したりすると、より一層意思が繋がったようで面白かったです。また私は京都の観光地をあまり訪れたことがなかったので、初めて見た金閣寺や八坂神社に同じように驚いていました。沢山話せたのですが、もっと話したかったなと今でも思っています。韓国の子達と親しくなると同時に、京都の素晴らしさをもっと知れた一日でした。韓国の皆さん、ありがとうございました!」(和田)
アジアものづくり授業交流という技術科教師間の教材研究、授業研究から始まった交流ですが、今では生徒たちの言語や文化の壁を超えた友情の構築、異文化の相互理解に深みを持たしている交流になっています。特に韓国の慶煕中学の生徒は、研修旅行応募の厳しい競争を経て同志社中学の交流に参加され、選ばれた生徒たちは、自分たちの努力が認められたと感じ、大きなやりがいを感じておられると思います。また、生徒たちは、新しい友達を作る喜び、異文化交流の楽しさ、そして別れの寂しさを共有することで、出会いによってお互いが育てられ、別れによってご自身の価値観や世界観を深められているのではないでしょうか。私は、このような国際交流が継続し、将来的にはより多くの人々がこの経験を通じて成長できることを願っていいます。(技術科:沼田 和也)